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学びの集積

0011冊:失敗の本質-日本軍の組織論的研究(中公文庫)

失敗の本質 : 日本軍の組織論的研究 戸部 良一(著) - 中央公論社

言わずと知れた名著。日本軍の本格的な研究でありながら、アカデミックな探求に閉じず、企業経営者のような実務家も唸らせるような実践的示唆を導出していることが、この本を名著たらしめているポイントだろう。
ちなみに、執筆陣には日本を代表する経営学者の一人となった野中郁次郎氏が含まれている。

この本の素晴らしい点は、日本軍を1つの事例として、組織を運営していく上での「落とし穴」、言い換えれば組織が失敗に陥らないための極めて本質的かつ汎用性の高い「要諦」をきっちり示していることである。

「落とし穴」や「要諦」を取り出すことは、実は大変難しい。もちろん、いくつかの事例から共通要素を抽出し、提示するだけであれば簡単で誰にでもできる話だ。しかし、全く同じ事象が今後発生することはあり得ない中で、本当に実践で役に立つ示唆たるものを提示できているのかという問いに耐えうる要素を抽出するためには、想像を絶するような研究と検証が必要となる。

さらに事をややこしくするのは、その「落とし穴」や「要諦」を読み手に伝えることに高いハードルがあるという点である。落とし穴や要諦というのは、ファクトの単なる列挙であってはならない。それではただのデータブックとなってしまう。無数のファクトをあらゆる角度から検証し、重要な要素を抽出する必要がある。
しかし、抽象化された要素は往々にして「当たり前のこと」になりがちである。文字通り抽象的であるため、「そんなの言われなくても皆わかっていますよ」という印象を与えかねない。例えば本書に含まれている重要な示唆の1つである「戦略目的の明確化が重要」というポイントも、何の説明もなく文字通り受け取ってしまうと当たり前のこととして処理されてしまうだろう。
そこで重要なのが、コンテキストである。どういったコンテキストにおいて、どのような意思決定がなされ、如何にして失敗に陥ったのか。それを示したうえで、「故に○○が重要」という示唆が与えられる。ここまでが1セットだ。十分なコンテキストとともに示された「落とし穴」「要諦」は、1つの体系的なロジックとして読み手の頭に深く刺さり、その後も役立つ知恵となる。

本書は、才のある研究者が貴重な時間を投げ打ち、1次資料にあたり、仮説を立て検証した結晶として産み落とされている。その結果として、当然ながらコンテキストも含め具体的に研究されており、本当の意味での「落とし穴」「要諦」が提示されているのだ。

自戒を込めて言うと、こういう本を読む際には、単に本の中に書かれている知識や情報のみを求めるのは勿体ないことだ。著者が1セットで示そうとしている「知識体系」を仕入れ、自分の血肉とするべきである。
また本書のこういった位置づけ故に、この本を読むタイミングに早すぎることもないし、遅すぎることもない。含まれている情報が賞味期限切れになることもないし、自分の問題意識に応じて様々なものが学び取れるからだ。その意味では、組織論に関心のある学生さんから、企業経営に関心のある社会人に至るまで、あらゆる方にお勧めできる本である。