古代ローマにおいて政治家として活躍し、引退後に歴史家としてローマの歴史を記したサルティウスが著者であり、彼が書いた2つの戦記を1冊にまとめた本。「カティリナ戦記」はローマの国家転覆を試みたカティリナの陰謀を、「ユグルタ戦記」はヌミディア王位継承問題に関連する大規模な戦争を、それぞれ詳細に記している。ちなみに両戦記は一部関連する箇所はあるものの、基本的には全く違う出来事である。超がつく面白さで、示唆に富む内容なのだが、2022年9月現在では日本語で読めるのは京都大学学術出版界から出ている本書のみのようだ。(翻訳が素晴らしく抜群に読みやすい上、注釈も丁寧なので本書に不満は全くないのだが、素晴らしい内容が故に文庫なんかにしてもっと手に入りやすくなっても良いのになとは思ってしまう。)
2000年以上も前の出来事、それも古代ローマという地理的にも文化的にも全く異なる場の出来事であるにも関わらず、本書を読むとまるで身近に起きたことのように生き生きとイメージが湧いてくる。どちらの戦記も、ローマの将軍や政治家、周辺国の王族から、身分の低い市井の人々までありとあらゆる人物が登場し、物語を織りなしていくのだが、あらゆるベクトルに向いている人々の心中を想像し、関連させ、歴史として描く力は脱帽だ。「ローマの最も輝かしい作家」と呼ばれたサルティウスの筆力が光る。
歴史は、必ず「誰かの視点から見たもの」であり、完全中立な歴史記述は成立しえないという話があるが、本書を読むと、優れた歴史家が紡ぎだす「歴史」は、単に史実を知るだけでは得ることができない示唆を読み手に与えてくれるものだと強く感じる。サルティウスとは異なる立場から見れば、「こんな書き方はとんでもない」という印象を持つのかもしれず、そうやって歴史として残るものは偏りを示すのだろうが、ここまで力のある「歴史」が世に出てくると、その引力によって人々の理解が定まってしまうということも頷ける。
ぜひもっと多くの人に読んでもらいたい一冊。