超ロングヒット作品である「ストーリーとしての競争戦略」で有名な一橋大学大学院の楠木健教授が、日立Webマガジン「Executive Foresight Online」に連載していた内容を、加筆・再構成のうえ新書として出版された本。ビジネス界においては知らぬ者はいないくらいの有名人である楠木健さんですが、ご専門である競争戦略のイメージからは(良い意味で)かけ離れた脱力間のあるエッセーは、僕のような実学書はあまり得意ではないタイプとも相性が良く、出版された本などは勝手ながらフォローしています。
本書も楠木節が満載で、本質を押さえながらも、常に独自の視点と軽妙な文体で読者を飽きさせないのは流石です。ちなみに、映像でお話しされているのも何度か見たことがありますが、話も独特のテンポでなぜだかずっと聞いてしまう感じで、本を読んで受ける印象と共通したものがあります。
「絶対悲観主義」というタイトルの通り、本書に通底するテーマは「常に期待値を下げ、悲観的な結果を想定して構えておくことは、実は人生にとって大きな利点がある」というものです。普通、ビジネス領域で本を出されるような方は、「諦めない心」だったり「ライバルより更に成長するための秘訣」のような、常に困難や周囲のライバルに打ち勝っていくという超マッチョ思想に基づくテーマを掲げることが非常に多いと思いますが、著者は見事にその逆を行っています。
それでいて、本書は「悲観的」な内容ではないところが面白いところ。「絶対悲観主義」なので期待値は下げるのですが、心は「悲観的」ではないので暗い気持ちにはならないのです。むしろ、明るく前向きに日々を過ごすために「絶対悲観主義」を掲げているという逆説的な面白さがあります。単に現状を否定しているのではなくて、著者が長い時間をかけて自己発見してきた結果として、人生で何を優先し、何を諦めると豊かな時間が過ごせるのかという非常に能動的かつ肯定的な主張だからこそ、「悲観主義」であるにも関わらず、楽しくまた示唆のあるエッセーとなっているのです。
楠木健さんの著作を読んでいると感じるのは、自己発見の重要さです。僕らは社会に生れ落ちてから、知らず知らずのうちに社会や他人から「常識」や「一般的な価値観」というものを埋め込まれています。それの影響は、道徳だけでなく、自分は何を好むのか、自分は何がしたいのか、自分にとって何が幸せかといった点にまで及びます。自己発見のプロセスを経ずにいると、「社会一般で良い/幸せとされていること」が自分にとっても良いこと/幸せなことだと、本気で思うようになってしまう。
人生で色々なことを試してみて、失敗してみて、自分にとって真に必要なもの、不要なもの、好きなもの、嫌いなもの、意味のあるもの、意味のないものといったことを1つ1つ理解していく。その上で、自分にとって心地の良いゾーンを見つけていく(というより、作り上げていく)ことで、自分なりの視座ができ、スタイルが生まれ、(社会に関わる、という意味での)仕事をするうえでも独自の貢献ができるようになっていく、ということは、単に競争社会で勝ち抜いていくこと以上に重要なことだと思います。
僕自身も、人に打ち勝つことにはそれほど情熱はないのですが、自己発見を通じて自分なりのアウトプットを出していくことには強い思いがあるので、せめて著者の10分の1くらいでも「良い」と思ってくれる方がいてくれるような成果を生み出せるように、自己の掘り下げを進めていきたいと思います。