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学びの集積

0029冊:猫に学ぶ いかに良く生きるか(ジョン・グレイ著、みすず書房)

猫に学ぶ ジョン・グレイ(著/文) - みすず書房

本書のテーマは「人間は猫により良い生き方を学ぼう」というものだ。猫の生態や特徴について語っていたり、猫の魅力をこれでもかと表現しているコンテンツは世に多くある。一方で、「猫がどういう人生観(猫生観?)を持っていて、それが人間の持つ人生観とどれだけ異なり、更に猫の生き方には人間の生き方をより良くしていく上でのヒントになるということを主張している本は珍しい。

著者は、人間が知的に発達しているからと言って、人生をうまく捉えられているわけではなく、反対に猫の方がよほどうまく自分の生を捉えることができていると書いている。人間は将来を考え、死を感じ恐れるからこそ、哲学や宗教といった「思想」を創ることで死の恐怖から逃避してきた。一方で、猫にそういった思想は必要ない。猫は、起こるかどうかもわからない先のことなど考えないリアリストだからだ。

我々人間は、抽象的に考え、思想を持てることが知的生物としての重要要件だとして価値を置いているが、それは起きるかどうかもわからない先のことを「どうしても考えてしまい」、いつどうなるかもわからない自分の人生の終わりに「どうしても恐怖を抱いてしまう」からこそ価値があるのである。今、この時を過ごせている素晴らしさを享受し、何を目指さずとも幸福を実現している猫には、思想は必要ない。人間が「マインドフルネス」を持て囃すよりも遥か前に、猫は生まれながらにしてその状態を達成している。

本書を読むと、僕たちがいかに「幸福に至るために今とは異なる『何か』を目指す」という人間的考えに囚われているのかを痛感する。僕は本を読むことの意味の1つは、「他者の考えを吸収することを通じて、自分が持っている視点とは異なる視点を持てるようになる」ことだと考えているが、本書ほどその意味を感じさせられる本はない。猫が持つ全く違うパラダイムを、(もちろん著者という人間のスコープを通してなのだが)少しだけ感じることができる本だ。文体も柔らかく、ゆるりと読める。